【フットサル文化の定着と確立にむけて】

●総合型地域スポーツクラブ設立に向けて6(2002/6/21)

 「サッカーを楽しむ」あまりにも当たり前のことが見えなくなっていた自分その一番当たり前のことがわからなくなっていた自分と同じ思いを後輩達にさせたくはなかった。もっと自由にもっと自分の考えをピッチに表現できるサッカーを追い求めたかった。

 サッカー選手として僕はプロになることはできなかった。でも、何かサッカーに携わる事を仕事にしたいと思い始めた。

 自分が育った少年団や高校の練習に顔を出しながら僕は指導者としての道を考え始め

る。始めは選手経験の未熟な僕に、指導者になろうという気持ちはなかった。しかし、選手と監督は違う。決して名プレイヤーが必ずしも名コーチになるわけではない。そして、逆に選手としては上にいけなかったからこそ、足りないものやどうしたらうまくなれるのか考えることができるのではないかと思い始めた。そしてそれと同時に、あくまでもプロとして指導者の道を歩んでいきたい選手と同じくプロとして厳しい環境に身を置いてこそ世界と渡り合えるサッカーを身につけることができるのではないかと考え始めた。

 そんな時僕はあるサッカー専門誌でこんなコラムを読んだ。「指導者としてワールドカップを観ることは義務である。」もちろんテレビでみるわけではない、スタジアムで生で観るのである。当然のことである。選手を育てる指導者が、世界のトップを知らなくてどうして教えることができるのだろうか?ましてや選手としてトップレベルの経験がないのにワールドカップも見に行かないで何を伝えることができるのだろう。

 時は4年前、日本ははじめてのワールドカップ出場を決めていた。次回(2002年)は日本での開催。どうしても日本で開催する前に海外で行われる本当のワールドカップを観てみたかった。このとき始めて海外に行くことになった僕自身にとって、すべてが新鮮で経験になった。ロンドンで一泊しスペイン・バルセロナへ試合会場のフランス・トゥールーズへはバスで片道約6時間ぐらいであった。そして日本にとってはじめてのワールドカップ「日本vsアルゼンチン」を観戦することとなる。

 そこで僕は世界との差を痛感する。

 後日、日本に帰ってきてビデオを見たが大分ごまかされていた。テレビでは感じることができない世界との差。画面に映らないところで選手達は倒れ、苦しみ、そして力の差を感じていた。フランスに行ってよかった。そしてこのとき僕はある決意を固めていた。(つづく)